2012年4月2日に行った震災から一年後の宮城県山元町

By | 2012-04-10
踏切の痕跡(2012年4月2日撮影)
山元町からみる日の出(2012年4月2日撮影)

山元町からみる日の出(2012年4月2日撮影)

4月2日に1年ぶりに311の津波被害を受けた宮城県山元町へ行ってきた。

1年も経過すればその土地を観光して楽しめるだろう、そして風景写真を沢山撮って山元町を満喫しようと、そう思って家を出た。山元町の1年前との大きな違いを見出したかった。

陽が昇る前に現地に到着、そして日の出とともに山元町が浮かび上がってきた。何も無い、がれきが点々と積み上げられている、愕然とした。

人影のない山元町の海岸沿い(2012年4月2日撮影)

人影のない山元町の海岸沿い(2012年4月2日撮影)

もっともイチゴの産地として、またコメの生産地として知られていて、その土地が海水を被ったわけだから簡単に植物が育つ環境に戻ることはないのだろう。それにしても1年前と景色に大きな違いが無い。見つめるほどに目頭が熱くなった。山下駅もプラットホーム以外のがれきは運び去られ、付近のがれきも見通しを遮るものは概ね無くなっていたが津波の爪痕はそのままの状況だった。

山下駅(2012年4月2日撮影)

山下駅(2012年4月2日撮影)

山下駅(2012年4月2日撮影)

山下駅(2012年4月2日撮影)

半壊の建物もほぼ放置状態、道路も幹線道路だけ舗装され、あとは手つかずという状況だった。もちろん海水を被らなかった地域ではハウス栽培の仕事をしているひとを多く見かけたが、活気にあふれるとはお世辞にも言えない状況だった。

津波で倒れた橋の欄干(2012年4月2日撮影)

津波で倒れた橋の欄干(2012年4月2日撮影)

置きさられたガスボンベ、遠くに見える人の居ない大きな建物(2012年4月2日撮影)

置きさられたガスボンベ、遠くに見える人の居ない大きな建物(2012年4月2日撮影)

外観は辛うじて保っているががれきだらけの倉庫(2012年4月2日撮影)

外観は辛うじて保っているががれきだらけの倉庫(2012年4月2日撮影)

走っていると何度か車のカーナビが「この先に踏切があります」とアナウンスしたが踏切の僅かな跡形が存在しているだけだった。この路線は常磐線で、かなり陸地内に移設するかこれまでの場所で再建するか検討中の様相だった。津波被害を受けた住宅の殆どは一階が津波で使える状態ではなく、空き家となっている。

踏切の痕跡(2012年4月2日撮影)

踏切の痕跡(2012年4月2日撮影)

仙台市、石巻市、他マスメディアで頻繁に取り上げられる街はマスメディアに取り上げられることがモチベーションにつながっているのだろうか、ここ山元町はほとんどマスメディアで取り上げられることも無いから復興が遅れているのだろうか、考えてしまった。

多くの被害者を出した山下駅近くの自動車教習所(2012年4月2日撮影)

多くの被害者を出した山下駅近くの自動車教習所(2012年4月2日撮影)

瓦礫が残る住宅地(2012年4月2日撮影)

瓦礫が残る住宅地(2012年4月2日撮影)

観光をして写真を撮って一日を満喫するはずが、全くその気なれないまま昼時を迎えた。その足で裏磐梯へ向かうことにした。写真はそれなりに撮った。津波被害1年1か月後の爪痕の写真ばかりだ。

住んでいた証、仕事場があった証、被災者は被災した現地への愛着を強く感じていることが分かった。

島田商店跡地(2012年4月2日撮影)

島田商店跡地(2012年4月2日撮影)